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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和50年(ヨ)74号 決定 1975年10月21日

申請人 川原ヨシ

右訴訟代理人弁護士 松尾千秋

被申請人 貞松照男

主文

一  申請人の本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

二  申請費用は、申請人の負担とする。

理由

一  申請の趣旨

1  被申請人は別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち、一階洋間部分一六・五六平方メートル(別紙図面の斜線部分)および鉄骨造スレート葺平家建倉庫に立入り、または第三者を立入らせて申請人の占有を妨害してはならない。

2  本件建物のうち、前項の建物部分を除いた部分について、被申請人の占有を解いて、申請人が申し立てた長崎地方裁判所佐世保支部執行官にその保管を命ずる。

執行官は現状を変更しないことを条件として、申請人にその使用を許さなければならない。

執行官はその保管にかかることを公示するため適当な措置をとらなければならない。

二  申請の理由

1  本件建物のうち、付属建物の倉庫は昭和四六年六月頃、申請人の夫川原大四郎が建築所有し、本屋は同年一〇月四日、同大四郎が申請外石田建設株式会社に代金四五〇万円で請負わせ、昭和四七年一月一七日完成して大四郎の所有に帰したが、その頃、大四郎から申請人に贈与され、本件建物は申請人の所有するところとなった。

2  昭和四七年一月末頃、申請人は、右石田建設株式会社の佐世保出張所長であった申請外村上亮から、本件建物の保存登記をしてやる旨申し出られたので、これを信用し、右村上が用意した登記委任状等の書類に押印し、予め入手していた印鑑証明書を同人に交付した。ところが、村上は右書類等を申請人に無断で冒用し、昭和四七年一月一七日申請人が同人から金八五〇万円を借り受けたことにして、その債務を担保するため本件建物に抵当権設定登記(長崎地方法務局早岐出張所昭和四九年二月二日受付)を了したうえ、さらに右虚偽の債権および抵当権を同年二月二二日有限会社吉丸産業に譲渡し、抵当権移転登記(同出張所同年二月二五日受付)をなすに至った。

その後、右吉丸産業は、右抵当権に基づく本件建物の任意競売手続を申し立て、昭和四九年八月五日当庁の競売手続開始決定を得た。

3  申請人は、昭和四九年七月末頃、右吉丸産業から、金八五〇万円を支払わなければ本件建物を競売する旨の通知を受け、さらに、同年八月初め頃当庁から右任意競売開始決定の通知を受けるに及び、驚ろいて右村上に確めたところ、ようやく前記事実が判明したが、村上が吉丸産業に債務を完済して競売を止めさせると言うので、その言を信じて事態を静観することにした。

4  ところが、昭和五〇年一月一八日頃、被申請人が本件建物を競落し、当庁から「被申請人に本件建物を引渡せ」との不動産引渡命令が送達され、同年四月二日右引渡命令に基づく強制執行が行なわれた。

右強制執行に際し、申請人側から、本件建物のうち倉庫と洋間部分は申請外有限会社千歳産業が占有している旨申し立てたところ、執行官はこれらの部分の執行を中止し、右部分を除く本件建物の明渡執行を終えた。(しかし、右明渡を受けた部分について、現在、申請人において事実上占有を続けている。)

その後、被申請人から当庁に対し「本件建物のうち倉庫と洋間部分についての強制執行を行え」との執行方法に関する異議申立がなされ、昭和五〇年八月一八日当庁の右申立認容決定があり、申請人は福岡高等裁判所に即時抗告したが、同年九月二五日同庁の抗告棄却の決定を受けた。

5  しかし、前叙のとおり、申請人は村上亮から金八五〇万円を借用したことも、本件建物に抵当権を設定したこともなく、本件建物に対する前記抵当権設定は虚偽、無効なものであるから、右抵当権の実行により本件建物を競落した被申請人は本件建物の所有権者たり得ず、依然、本件建物の所有権者は申請人である。そこで、申請人は被申請人を相手として、昭和五〇年七月一〇日当庁に対し、被申請人の本件建物についての所有権移転登記(昭和四九年一一月二九日競落を原因とする前記出張所同年一二月二日受付)の抹消登記手続を求める訴を提起しているが、前記の事情から、近く本件建物のうち倉庫と洋間部分の強制執行が行なわれ、その他の部分についての事実上の占有も奪われるおそれがある。しかしては、右本訴に勝訴しても回復し難い損害を蒙ることになるので、本件仮処分の申請に及んだ次第である。

三  当裁判所の判断

1  申請人の本件仮処分申請のうち占有妨害禁止を求める部分は、形式上本件建物の所有権を被保全権利として被申請人に対し立入禁止等不作為を求める趣旨のものであるが、その実質は、被申請人が抵当権実行に基づく任意競売によって本件建物を競落取得したとしても、右抵当権が虚偽無効のものであるから本件建物の所有権を取得し得ず依然申請人にその所有権が帰属することを理由に、被申請人が引渡命令により未だ執行を終えていない部分(一階洋間部分と附属建物部分)についての執行停止を求めるものであり、また、被申請人の占有を解いて執行官の保管とし、現状不変更を条件に申請人にその使用を許す趣旨の仮処分を求める部分は、被申請人が右引渡命令により本件建物のうち既に執行を終えた部分について、事実上申請人が右執行後も占有使用しているとして、右趣旨の仮処分を求めているものであることは、申請人の申請の理由に徴し明らかである。

2  ところで、一般に不動産引渡命令に対し、抵当権ないし抵当債権不存在を理由に引渡命令の執行停止の仮処分はなし得ないものと解する。

けだし、不動産任意競売における引渡命令は、競売法三二条二項により準用される民事訴訟法六八七条に基づき、競落代金の支払を了した競落人に対し、別訴によることなく簡易迅速な方法によって競売不動産の占有を取得させるため、執行の方法として裁判所が発する命令であるから、一旦引渡命令が発せられた以上、民訴法所定の執行方法に関する異議又は即時抗告による停止の仮処分以外に一般の仮処分によりその執行停止を認めるのは右引渡命令の趣旨目的に反するからである。

もっとも、任意競売手続においては、強制競売手続と異なり抵当権ないし被担保債権の不存在、消滅等の実体上の理由がある場合は、仮りに競落許可決定が確定し競落人が競落代金の支払を了しても、債務名義に基く強制競売におけるのと異なり、当該不動産の所有権は競落人に移転せず、執行債務者は所有権をもって競落人に対抗しうることは異論のないところである。しかし抵当物件の所有者としては、競売開始決定や競落許可決定に対し抵当権または被担保債権の不存在を主張して競落手続の取消を求めうるは勿論、競落手続の完結時点と目すべき競落代金納付までの間は、抵当権不存在確認等の本訴を提起し抵当権実行禁止又は競売手続停止の仮処分を求めうる訳であるから、その間、右の様な各方法で抵当権ないし被担保債権の不存在を争い又はそのような方法をとらず競売手続の進行を放置していた抵当物件の所有者に、競売手続の附随処分と目すべき引渡命令の段階に至って殊更抵当権ないし被担保債権不存在など従前主張することができた実体上の理由により引渡命令の執行停止を認める必要は認め難い。

3  そうだとすると、被申請人の申請人に対する本件建物に対する引渡命令に基づいて、本件建物のうち一階洋間部分(別紙図面の斜線部分)と附属建物である鉄骨造スレート葺平家建倉庫に対する執行の停止を求める実質を有する申請人の占有妨害禁止の仮処分を求める部分は、その被保全権利及び保全の必要性に立入って判断するまでもなく、主張自体失当であって却下を免れないものというべきである。

4  次に、申請の趣旨二項の被申請人の占有を解いて執行官の保管とし、現状不変更を条件として申請人の使用を許すことを内容とする仮処分の申請部分は、未だ当該部分の所有権が申請人に帰属するとは主張するものの、右引渡命令により被申請人が執行を終えたにかゝわらず、執行後も事実上申請人が占有使用していることを理由とするものであること前叙のとおりである。しかして一件記録によれば、被申請人の委任した当庁執行官が、右引渡命令の執行に当り、前記一階洋間部分と附属建物部分は有限会社千歳産業が占有中であるとして執行不能とし、残余の本件建物部分についてのみ執行を終えたに止まったため、被申請人が当庁に執行方法に関する異議を申し立て、本件建物全部についての引渡の執行を求めている間、別個新たな占有権原に基づかないで、引渡命令により執行が終了した部分に再び事実上の占有を拡張したに過ぎないものであること及び右執行方法に関する異議は、被申請人の申立が認容され、前記不動産引渡命令に基づいて本件建物のうち一階洋間部分と附属建物部分についても執行を行えとの決定がなされ、右決定に対する申請人の即時抗告も昭和五〇年九月二五日福岡高等裁判所で棄却となったことが認められる。そうだとすると右部分についての前記内容の仮処分申請は、本件建物についての所有権を被保全権利とするものではあるが一旦引渡命令により本件建物部分の引渡の執行をなされたにかゝわらず、申請人が新たな占有権原なく不法に事実上使用していることを奇貨として、仮処分により、右引渡命令により実現された内容と全く反対の事実支配を根拠づけようとするもので、到底許さるべきものではない。そうだとすると、右仮処分の申請もまた失当であり却下を免れないといわねばならない。

5  よって、本件仮処分はいずれも失当であるから、却下することとし、申請費用について民訴法八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松島茂敏 裁判官 村田達生 佐藤武彦)

<以下省略>

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